middleagedtweets’s blog

放言居士でやりたいな

団体のもめ事をゲロしたいから

 私は地方の任意団体の代表者。

先月の役員会前日、他の役員から私の解任動議が出ると報告があった。

色々考え、そんな状況を作った私の責任も大いにあるよなと、役員会

冒頭のあいさつで辞意を伝え、役員会を後にした。

 翌日の報告では、私への馬事雑言を終始発言したグループがいた。

まあ辞めるのだから好きな事言ってくれと思ったまでだ。臨時総会で

後任を選出するだけのことである。

 ところが、うまくはゆかない。私の出身母体は続投を決める。方や

反私の団体は、代表者を後任に推薦するというのだ。5団体で構成して

いるが、私の所属する団体が過半数を超えている。選挙にもならないのに、

なぜ立候補するのだろう。理解が私の頭の中ではできない。

???の怪奇な行動だ。

 5団体の代表者の調整会議でも、私への攻撃は続いたらしく、自身が

後任となると言ってはばからないらしい。結局解散しかないだろうと

陰で相談が始まっている。解散するにしても、議長は私。いやな役回りは

とても避けられそうもない。まして解散後、新しい組織を4団体で設立

することとなりそうだ。それなら文句の多い会長就任願望の強烈な団体を

除名すれば早いのだが、なかなかそうもゆかない。

 結局結論のない迷路に一人、ポツンと残された格好だ。地方はたぶん

どこも人材不足。若手が入ってこない新陳代謝の悪い組織って、淘汰

されるのだろうなと、しみじみ思う。

だれか、地位願望の強い人をおとなしくさせる方法、伝授ください。

 

#団体 #代表者 #役職が欲しい人 #地方 #運営 #人事  

 

 

温暖化と気候変動?

 暑い、いや熱い。なんだかみんなで蒸し風呂生活の体験をしているような夏だ。毎日猛暑日が続き、クーラーの無い生活が難しくなっている。夏は夜なんていっても、熱帯夜が続いているのだから、これはもうどうしようもない。

 ただ思うのだけど、出来ないことを前提にみんなで電気を使わず、自動車も使わず一週間くらい頑張ってみる。そうすると経済は大混乱だけど、気温ってどのくらい下がるんだろう。夜の羽田空港に降りるとき思うのだけど、東京はえらい灯りがあって、すごい量のエネルギーを消費と。それをやってみる。無理か。

 水害も増えている。ゲリラ豪雨なんて、昭和40年半ばからの単語だけど、ここ十年か二十年じゃないかな。線状降水帯なんて、この夏も何回聞いたろう。以前は高知に行くと、雨粒大きいよなと思った。そんなのが北から南まで降るんだから、そりゃ川も溢れますよ。

 古老があそこは家を建てちゃいけねぇ。低いから水に浸かるとか、あの筋は冬の山からの風が強いからダメだ。よく聞いた話だ。でも今はそんなの関係なく建てちゃう。山は削るし低地は埋めて嵩上げする。災害には弱いわけですよ。例えば神社仏閣。地震は別にして、水害で浸かったっていうのはあまり聞かない。大枚を使って建てるのだから、よくよく考えたんだろうと想像する。

 ということは、現代人って考えなくなっているのだろうか。一度覚えた便利は手放せない。どうなんだろう。暑いとついつい妄想に耽るこの頃である。

#温暖化 #気候変動 #一億総白痴化 #ゲリラ豪雨 #線上降水帯 

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

 

 十年一昔って極端な話だと思っていたが、なんだかもっと時間が早くなったように思える。それは受動的な心理の問題なのだが、3650日の間にどうなってきたのだろう。

 変わらないこと。家族構成や職業、住まいに生活習慣。私の日常は、ほぼ変化は無い。してみると進歩がないとも言えなくもない。ぬるま湯にどっぷりの日々である。朝は家内の作る土鍋のご飯にお味噌汁、鮭か何かの干物。前夜の副菜が出てくることもある。このご飯が美味しい。特段高級な米を炊いている訳でもない。20年近く使い込んだ伊賀の土鍋がブクブク言っているだけである。ここで一つ変わったことがある。量である。茶碗のサイズが小さくなり。まぁ当たり前なのだが。何時までも若い頃と同じ量を食べ続けられるはずもない。

 職場に行けば、十年一日のごとく同じようなことを繰り返している。ところがメールチェックなる作業が追加された。業務関係の通信手段は、FAX からメールに置き換わったようだ。白黒の時々縦線の入った書類から、ディスプレーにカラー表示でセンスの良いものもある。図案などは、快適で捗ることは間違いのない事実だ。

 してみると変わっていないと思っているのは私だけで、知らぬ間に変わって当たり前になってきているのだ。スマートフォンなんて一番いい例だろう。通販だって、コロナ禍で仕方ないといつつ、普通にポチッとしているじゃないか。

 じゃあ変わらないものは。さんざん考えた結論は、衣食住の中で食だろう。もちろん簡易な食材が増え食べているのだろうが、美味しいものは変わっていないような気がする。昔々おばあちゃんが炊いてくれたかまどのご飯。同じような味を求めて土鍋を使っているし、旬の魚やお野菜。お肉だって大好きである。秋から冬にかけて美味しくなる食べ物に感謝しつつ、ひねもす食欲に負けていることを痛感した。

 

 

お風呂が好きだ。汗っかきだからなのか、毎日入るのが小さい頃からの習慣である。夏はサッパリするし、春秋冬は暖まる。ましてこれが温泉なら至福の至りである。おまけにツヤツヤお肌になるなら、これはもやめられません。

しかるにこのコロナ禍は、僕から温泉とか大浴場の文字を消し去った。ホテルを選ぶのさえ、温泉とか大浴場にチェックを入れていたのに。無用なリスクは避けようとする、無意識の防衛心。それよりも、「大丈夫だよ」と言えず、なんだか勢いが消えている自分自身も嫌な奴に思えてくる。

そんなわけでここ2年近く家風呂である。今はまだ季節外れに暑い西日本だが、だんだん秋らしくなってくるようだ。ゆくりと湯船に浸かり、秋を満喫したいものである。

はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」

 

 わが家にパソコンが届き、インターネットなるものを初めて経験したのは、もう二十数年前だろうか。大きなブラウン管のディスプレーに、家族も興味津々だった。NTTの回線の手続きだのプロバイダーの契約だの、訳も分からないことを延々とやり、揚げ句の設定がチンプンカンプン。それでもどうにかWEBの世界に飛び込んだ時の驚きは、いやいや参ったな。正直な感想だった。

 おりしも小学校でパソコン授業が始まり、末息子が「僕のホルダー作って。夏休みの宿題で、ビットマップでお絵かきするから」と言われた日には、おいおいやるじゃないか。そんな思いで出がある。でも今考えれば、当時のご家庭にそんなに普及しているわけでもなく、やられたな感があるが、彼が我が家で一番詳しいから、幼少期にさわるといういう行為は大切なのだと痛感する。

 気が付くと携帯電話が普及し、スマートホンが世に普及するやネット環境の普及は、十年程で様変わりした。線から電波へ代わった。Googleが登場し、SNSが普及すると、世界のリアルが手元に映される。たいていのことが、指先のスイスイで出来てしまう。そしてキャシュレス。おいおい。楽ちんすぎるぞ。お金の支払いまで便利過ぎて、戸惑いと抵抗を覚えるのは、私だけだろうか。

 以前無かった携帯に月額5千円で6千万人が利用すると、えっとえっと。月額3千億。年間に3兆6千億円。いやいや恐ろしい金額だ。通信会社の売り上げはもっとすごいのだから、可処分所得の行き先は大きく変わったことになる。一方で電気や電話機の製造販売にアンテナ基地なんかの設置といった経済活動と雇用を考えると、コロナ後の産業革命もうなずける。

 ただ人はやはりコミュニケーションの動物だと思う。会って顔を見ながら会話するから、信頼とか友情とか愛情が生まれるのだと。人々がいて社会が形成され、自治体や国家なんかが成立するのじゃないかと。どんな時代が来るのか想像できないが、これからの社会がリアルとバーチャル。会話とインターネットをうまく使える社会になることを願うだけだし、わたしもそうなりたいと思う。未来はかえることが出来るから。

 

 

 

昨年からやってきた新型コロナ。今や変異種もたくさん。

どうなる日本。

分かんないのは、自粛自粛で自粛警察もあちこっちに出現。自由主義社会で法令に準じれば、OKじゃない。でも辛抱して、ついつい他人に目が行く。世界的な統計でも、そんなに高いレベルの感染患者がいるわけでもない。でも自粛。生死にかかわる医療機関の疲弊は問題だと思う。やっぱり自粛。みんなストレスたまるよね。

ロックダウンみたく、全部止めちゃうなら致し方ない。でも法令が整備されていない。これに乗じて憲法改正。だめならまた解釈を拡大。でも一部だけダメ。業界の献金金額で決めるのかな。時短も規制も、要請がほとんど。仕方ないから過料と罰則。飲み屋さんなんて、格好のターゲット。飲食は全て悪?。そんな十把ひとからげな扱いされると、立つ瀬がないよ。生活もあるだろうし。そもそも漢語の「経済」って、「世の中を治め、人民を救う」って云う意味。経世済民なんだけど。

こうなると、政治批判も出るわな。いくらTVで全国ネットしても、職員の方が書いた原稿の棒読み。専門家の談話も出るけど、若い人たちって、そもそもTV見ないらしい。僕だって学生時代は、お金がないからテレビもしばらく無かったし、新聞だって取らなかったもの。伝わるわけないよ。若い方へのメッセージ。

真面目にTVニュース視て新聞読む人だけ自粛、どうなりゃい。

ワクチン頼みなんだから、サッサと打とうよ。四の五の言わずにやろうよ。

近頃お疲れで、ついグチりたくなる。

  先日学生らしき若者が、リュックを背負い原付のバイクに。夏休みだし、一人旅かな。この先に近頃夕日がインスタ映えする海岸があるから、きっと向かってるんだろうなぁと。でもよく見ると、かなり遠い所から。前後に友達とかの連れは見当たらない。高速は走れないし、ひたすら一般道を一人で西に向かって来たのだろう。でも大阪とか京都なんて、広い交通量の多い道をどうしたんだろう。ここいらの様な田舎道はともかく。原付って、一日で何キロくらい走れるのかな。30km/hで8時間だと、240km。無理だ無理だ。妄想は駆け巡る。

 なんだか気になり、信号待ちで観察。お尻も痛そうだ。バックミラーに映る顔が、女の子だ。でもなんだかその勇気に触発されたような気がした。そういえば我が家の娘も学生時代、知らぬ間にバイクを買っていたそうな。後で聞かされたからよいが、相談されたら止めとけと言うだろうなと、ふと思い出したりした。若い時は、怖いと思わなかったことも覚えている。どうにかなるさと、進むだけだった。でもそんな思いは、いつの間か消え失せた。

 追体験は夢を掻き立てるが、経験は夢を委縮させるのか。そうかもしれない。一度恐怖を覚えたことは、なかなかもう一度とはいかない。だけどやってみないと、進歩なんてしなくなる。やっかいなものである。個人差も大きいのだろうが、事を起こそうとして、そのプランの稚拙さが分からないから実行できるのかな。この年になると、いやいやこのルートだと人家も無いし、食事はともかくガソリンも持たないかも知れない。そんな当たり前のことが見てくるからかな。全く事情の分からないバイク学生が、私の妄想を暴走させたものである。

 結局のところ若い頃のあん時ゃ参ったな、っていう経験で社会性を身に着けてきた。の社会性が足を引っ張っているのだろう。それと何も無いことはいいけど、家族だの立場だの地位だのていうヤヤコシイのがくっ付いてきて、安パイばかり選ぶんだろう。たいしたものじゃないのだが、それが大事になっているのだ。失うことの恐怖に、如何にして対応するか。中高年の冒険は、心の中から始まっているのだ。